ボンディア
大航海時代
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作成日時 : 2008/04/13 16:45
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(245)そのころ人口たった100万のポルトガルがアフリカの北端セウタを、地中海を渡って攻略した。この打たれた引き金こそ、ヨーロッパ人が世界に向かって足を踏み出した、歴史的にして現代の複雑世界相関図づくりの第1歩となった。セウタは今もなおスペイン領土として、アフリカ大陸に名残りとどめる歴史の爪あとである。
15世紀から17世紀まで、ヨーロッパはポルトガル・スペインを筆頭にイギリス・オランダさらにはロシアまで、世界覇権に血眼になった。ポルトガルはこの数世紀を大航海時代という。この時こそ、20世紀幾たびもの戦火、さらには21世紀になる今に至るもなお絶えることのない凌ぎあいの口火が切られたのである。
エンリケ航海王子、ポルトガル栄光の時代の英雄。何やらへんてこな帽子をかぶり、着ているバスローブ様の服、大航海を指揮し、その資金動員力でスペインをも凌いだ男にしては野暮ったい。お顔も少々田舎っぽい。帽子と服は彼が所属するイエズス会の正装であり、お顔はまさしく「ヨーロッパの外れ、片田舎」の男らしさに溢れている。
ヨーロッパの十字軍時代、ポルトガルではリコンキスタ(8世紀から11世紀)時代と呼ばれ、この歴史的なイスラム駆逐ヨーロッパ連合にあって、ポルトガルの中心は幾多の中でテンプル騎士団がダントツ、エンリケさんはその団長職にあった。
そのエンリケさんの写真を撮った。上は発見のモニュメントの先頭で練習船サグレスの模型を持つエンリケ、海軍が運営する海洋博物館正面に構えるエンリケさんのアップ、さらに彼の全身像。
さらに古美術館3階階段正面に華麗なる屏風一つ、中央赤い服の人物すぐ左にいた! エンリケさん、全くおんなじ顔だ。日本の英雄信長、家康、さらには神武、いずれも銅像・教科書などところ変れば顔かわる。が、この地のエンリケさんは全て同んなじで面長、首あくまで太く、妙な帽子にバスローブである。
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